636の備忘録

備忘録 印象深い日々の出来事や、気付き等を記す

Kさんとの話「何で勉強するのか」

●はじめに
学部時代より早6年間、部活のご縁で仲良くさせていただいているKさんと、おそらく学生生活としては最後となるお食事をしてきた。60歳前後のお年に関わらずスタイリッシュで、いつも楽しませてくれるが、この日の話題は「何で勉強するのか」だった。
わたし自身「人生一生勉強」と思っており、この話題についての関心は高く、Kさんとのお話がとても楽しかったので、後々振り返って過去の自分を味わい楽しむための記録として書いておく。

●この話題がのぼった背景 
Kさんは現在仕事の一つとして高校の評議員のようなものをしており、第三者の立場から公立高校を評価する活動をしている。
その活動の中で教員に「(生徒が)勉強する目的は何ですか?」と問うと答えを持たない人が多いこと、更に悪い場合には、あっけらかんと「大学に進学するため」と答える人さえいることに危機感を感じているとのこと。
というのも、Kさんは勉強する目的は大学進学という目先の目標では無く、生きる力を付けるためと考えており、勉強の本質を考えない教員が指導していては、その目的を達成することはできないのではないか?という理由。

●Kさんの意見
このKさんが言う、勉強することで身に付く生きる力とは、具体的には以下3つがあげられる。
・論理的思考力
・教養
・問題解決能力(分析力、計画力、実行力)
もちろん高校の勉強は実学としては活きない科目もあるが、テストや偏差値という全国規模の客観的かつ定量的な指標の上で、どうすれば改善できるかを考え現状と目標の差を分析し、その差を埋める対策を計画し、実践するこの取り組みは、仕事や人生において求められるサイクルと同様であり生きる力として役に立つ。
Kさんに言わせれば「勉強なんて意味無いよ」「大学の偏差値なんて頭の良さに関係無いよ」なんて、勉強したことが無い者が言う馬鹿らしい言葉である。完全に頭の良さと偏差値が比例する訳では無いが、強い相関関係があるのは歴然とした事実である。
という少々過激なものだった。
(もちろん勉強以外の活動でも、スポーツ等、先述したサイクルを回す活動はたくさんあり、それらの活動経験も非常に重要なのは前提として)

●わたしの感想
Kさんの意見を聞きながら概ね共感した。
私の考えでは勉強する目的は、今後自分の人生の責任を自分自身で持つことになるが、その時に迫られるいくつもの重要な選択において、自分にとっての最適解を見つけるために勉強する必要があると認識している。
Kさんのおっしゃった知識・教養や論理的思考力の鍛錬を積むことで、その最適解を見極められるようになる。一方で勉強をしない人は、選択時に参考にする基準や考え方が分からずに、「なんとなく」や「気持ちいいほう」というぼんやりした選択をしてしまうことになる。
実際に、自分の経験においても選択を後悔した時というのは十分な情報収集や検討していなかったことが原因だったし
自分の周りを見ていても、浅はかな行動をとる人は勉強する姿勢の無い人ばかりだなと感じるから。

ただ、だからといって、勉強の目的が生きる力をつけるため何ていう重々しいもののみであったら、それはそれで勉強がしんどくなってしまうし、抽象的なものなので成長の実感を感じる機会が少なく、生きる力を付けたいと高い意欲を持続させることは難しい。
なので、普段は単純に新しいことを知る楽しさや問題を解けた時の嬉しさ、勉強している自分カッコいい、といった内発的動機を主体に勉強を続け、時々、何気無い会話や友達とのアツい議論の中で、教養や論理的思考力の高まりに気付かされる。というのがバランスが良いと思う。
最近は良い年で社会人となる間近なのもあり、よく結婚後や子供を授かった時を想像するのだが、子育ての際にも、子どもが勉強の楽しさを味わう環境整備を意識してつくっていきたいと思う。

なんにせよ、事業家兼研究者のKさんから発せられる言葉には説得力があり、改めて勉強は大事だなあと感じ、今後も謙虚な姿勢を持ち、積極的に様々なことに関心を持って勉強し続けねばならないと気が引き締まった良い機会だった。